美味しさのためだけじゃない、命を伝えるパンづくり

ブーランジェリーペールラシェーズ 長澤あゆみさんが実践する
動物を犠牲にしないやさしい食

食べることと生きることをつなぎ直す

「地球と自分にもっとも優しい」暮らしを実現するために、さまざまな「フリーフロム」に取り組む人々、“フリーフロマー”がいます。

今回は、フランスの小麦と植物性の原材料を使い、動物を犠牲にしないパンづくりを実践する ブーランジェリーペールラシェーズ の長澤あゆみさんにお話を伺いました。

「パンを焼くのは、美味しさのためだけじゃない。命のことを、静かに伝えたくて焼いているんです。」

小さなオーブンから香り立つパンの匂い。その香ばしさの奥には、単なる「美味しい」を超えた想いがあります。卵も乳製品も使わない、動物性不使用のヴィーガンパン。ひとつひとつのパンは、毎日の食卓に「やさしい選択」を根づかせる小さなメッセージです。

羊たちとの出会いがすべての原点

長澤さんの活動の原点は、とても私的で切実な体験でした。

ある日、SNSで偶然流れてきた一本の映像。シュレッダーに落とされるひよこ、母牛から無理やり引き離される仔牛。その光景を前に、長澤さんは心のどこかで「知ってはいけないものを見てしまった」と思ったそうです。

「でも、その瞬間に、知らなかったふりをすることはもうできなくなったんです。」

その頃、縁あって3頭の羊と暮らすことになりました。アロ、アシャ、ランプと名付けられた羊たちは、生まれたときから命に期限があり、いつか“食べもの”にされる運命を背負っていました。

しかし、彼らと過ごす日々の中で、長澤さんは「食べもの」ではなく「ひとつの命」として羊たちを感じるようになります。呼べば振り返り、鼻先をくっつけ、寒い夜には寄り添って眠る。草を食む音に耳を澄ます静かな時間。そこには、共に生きる仲間としての存在がありました。

その温もりとまなざしの記憶こそが、今のパンづくりの根っこに流れ続けています。

動物を犠牲にしないパンづくり

現在のブーランジェリーペールラシェーズは、イベント出店や出荷を中心に、フランス産小麦植物性原料だけでつくるパンや焼き菓子を提供しています。

「今はまだ例外的に、ゴルゴンゾーラとはちみつを使ったパンが一つだけ残っています。でも、それも間もなく終売予定で、すべてのラインナップを完全に植物性パンへと移行する準備を進めています。」

生地を捏ね、焼き上げる一連の作業は、ただ商品を作る工程ではありません。長澤さんにとっては「食卓にやさしさを届ける」祈りに近い営み。その手から生まれるパンは、ただの食べものを超えて、「食べることと生きることをもう一度つなぎ直す」ためのメッセージなのです。

理想と現実のはざまで

もちろん、この道は決して平坦ではありません。

理想を追えば追うほど、現実とのギャップが立ちはだちます。たとえば、材料をすべて「自分の目で確かめたもの」だけにすること。理想ではあっても、経済的・物理的な制約が伴います。

また、動物性の原料を使わない理由を人に説明する時にも難しさがあります。「相手を責めないこと」と「真実から逃げないこと」。その両立は、言葉を選ぶたびに悩まされるものです。

さらに、共に暮らした羊たちはすでにこの世界にはいません。失った存在の大きさは、今も心に空洞を残します。

「でも、あの子たちのまなざしやぬくもりは、確かに私の中で生きている。その不在ごと抱えて、私は今もパンを焼き続けています。」

嬉しい瞬間が支えになる

困難を抱えながらも、活動を続けてこられたのは「小さな喜び」があるからです。

「このパンを食べて、動物性が入っていないことに気づきました」
「子どもに安心して食べさせられます」

お客さまからそう言葉をかけてもらったときの喜びは、どんな苦労も超える力になります。

リピートしてくれる人の存在も、大きな支えです。そして何より、アロ、アシャ、ランプと過ごした時間の記憶が、静かに背中を押し続けています。

暮らしに根づいた「やさしい選択」

パンづくりの哲学は、長澤さん自身のライフスタイルにも浸透しています。

現在はヴィーガンへの移行途中。ペスカタリアンとして魚は食べつつも、乳や卵は一切摂らない生活へとシフトしました。

「食べものだけでなく、衣類や日用品を買うときも“誰かの痛みに支えられていないか”を考えるようになりました。完璧ではなくても、選べるときに“やさしいほう”を選ぶ。その積み重ねが暮らしに根づいてきたと思います。」

誰でもできる「小さな一歩」

「完璧を目指さなくても大丈夫です」と長澤さんは繰り返します。

• 週に1日だけ、ヴィーガン食を取り入れてみる

• パン屋やカフェで「ヴィーガン対応ありますか?」と聞いてみる

• 外食時に「お肉抜きにできますか?」と伝えてみる

ほんの一言で、飲食店の人の記憶に残り、やがて新しい選択肢が増えるきっかけになる。小さなアクションが社会に波紋を広げていくのです。

パンに込めたメッセージ

「やさしさは、いつでも選択できる」

声を発しないパンに、作り手の想いを託す。
どの原料を選び、どう焼き上げるか、そのすべてが「命への態度」を物語ります。

「私のパンが、誰かにとって“選びなおすきっかけ”になれば。見えなくされた命を、そっと照らす灯りになればと願っています。」

FREE FROM の実践

ブーランジェリーペールラシェーズのパンには、いくつもの「FREE FROM」が息づいています。

• クルエルティフリー(動物搾取のない)

• エッグフリー

• デイリーフリー

• できる限りパーム油フリー

「すべてを一度に変えるのは難しくても、“やさしいほう”を選び続ければ、日々の食卓から動物や地球への負担を確実に減らしていけると信じています。」

「フリーフロムフェスティバル」への想い

日本初開催予定の「フリーフロムフェスティバル」。

「残っている動物性のパンも終売し、完全に植物性へ移行します。さらにパーム油の使用を減らし、地元やフェアトレードの原料を積極的に選びたい。

“FREE FROM”という共通言語でつながる輪が広がれば、個人の小さな選択が集まって大きな変化をつくるはず。その一員として、やさしい食をもっと身近に届けていきたいです。」

活動リンク
https://www.instagram.com/pan_perula/

編集後記

長澤さんの活動を取材していて印象的だったのは、「パン」という日常的で身近なものを通じて、これほど多くの“FREE FROM”の価値観を届けていることでした。

クルエルティフリー(動物搾取からの自由)、エッグフリー、デイリーフリー、そしてできる限りのパーム油フリー。ひとつひとつのパンが、静かにけれど確かに「誰かの痛みに寄り添わない」選択肢を示してくれます。

“FREE FROM”とは、単に「何かをやめること」ではありません。それは、無理に我慢することでも、窮屈な制約を背負うことでもないのです。むしろ、不要なものや知らず知らずのうちに抱え込んでいた思い込みをそっと手放し、本当に大切にしたい価値を選び直していくこと。

食べることは、私たちの暮らしのなかで最も繰り返される営みです。その積み重ねの中で「FREE FROM」という選択を少しでも取り入れることができたなら、それは地球規模で見れば大きな変化の第一歩になるはずです。

長澤さんのパンは、そんな「小さな一歩」を優しく後押ししてくれる存在です。特別な決意がなくても、ただ「美味しそう」と思って手に取ったパンが、実はクルエルティフリーで、動物性不使用で、地球にも優しい。食べた瞬間に感じる満足感とともに、「選ぶことで未来を変えられるんだ」という実感を、自然に届けてくれるのです。

フリーフロムの輪は、強い主張や押しつけでは広がりません。静かな日常の中で、「やさしいほうを選ぶ」というごく当たり前の行為が重なり合っていくことで、気づけば社会全体に大きなうねりを生み出していきます。

食卓にのぼる一切れのパン。その背後にある「FREE FROM」の物語に耳を澄ませてみること。そこから始まる未来は、想像以上にあたたかく、やさしいものになるのかもしれません。